市川 崑 監督
佐久間 良子 小林 昭二 / 石坂 浩二 主演
「 病院坂の首縊りの家 」
1979.5.26 公開 東宝 139min イーストマンカラー / ビスタ1:1.5
撮影 長谷川 清 / 音楽 田辺 信一
by G-Tools
人間ってどこかぞんざいに生きているところがあって,だから生きていけるとも
言えるのだけれど,いざ亡くなられた市川崑監督を前にして好き勝手に
書くことができなくなっていました. ただ方方で,温かなオマージュを拝見し,
「えいや」とかねてより準備していた作品を書いてみようと思いました.
訃報の後,まずTSUTAYA東村山に走って借りたのが本作なのです.
僭越の極み,弱輩の露呈に,しばしお付き合いくださいまし.
いきなり原作者の登場で始まり,しかもそれが意外に長く,セリフまであるこの映画は,一連の東宝金田一作品を
見ている人でないと感情がついてゆきづらい作りになっています. また5作目という,かなりイレギュラーな連続技ゆえの
度し難い作り手のテンションが,そのまま作品にも出てしまっていることを否めません.
小生が,お仕事で展示会を請け負った時にいつも感じることなのですが,4日間ある期間中に,一番出来の良い日は
2日目であることが多いです. そして,一番ミスしやすい,またケガが多いのが3日目です.
これは初日の緊張感とダメ出しをいいテンションで持続できた2日目と馴れと疲労の出た3日目という,
わかりやすい感情の流れによるものと思われます. 4日目は,もうこれで終わりだという高揚感や達成感からまた上げていく
ことが多いですね. しかし,完成度ではなく,そのインパクトや面白みに関しては,2日目が最高という経験が多いのです.
小生の市川金田一作品の生涯鑑賞頻度は現時点でこうなってます.
女王蜂>手毬唄>犬神>病院坂>獄門島>八墓村
前から申しております通り,傑作と言えば「悪魔の手毬唄」だと思いますが,小生が好きなのは「女王蜂」です.
これって,先ほどの小生の展示会経験値と合致するので面白いなぁと思います.
ちなみにこれを原作読了回数に変換するとこうです.
獄門島>犬神>女王蜂>八墓村>手毬唄>病院坂
これは単純に東宝市川作品に限ったもので,横溝著作にとなるとまた別の様相を呈してきますが,
いずれにせよ映画と原作ともに本作品は下位に甘んじた作品です.
といって原作が面白くないわけでなく,むしろ非常に面白いところにまた,本映画に対する妙な先入観があったと思われ,
またその市川崑作品という意味での先入観もミックスされ,長らく小生の中で停滞していました.
しかしこの映画「病院坂の首縊りの家」ですが,実は現在進行形で上の位を猛追しているわけで,これはどうしたものか,
頻繁に手に取るようになったここ10年ほど,もっと正確に言えば,結婚してから何だかたまらなく良くなってきた作品なのです.
「獄門島」を鑑賞頻度で上回ったのもつい最近… .
何を持って手に取るのか.
それは兎にも角にも,佐久間さん演じる弥生と小林さん演じる車夫三之介の凛とした美しさに尽きます.
高峰さんや岸さんのぬらりとした影の魅力とは違う,清楚で涼やかな佐久間さんと,「おやっさん」や「キャップ」と並ぶ
素晴らしい役を見事に演じ,そして何度見ても小生は泣いてしまう小林さんのラストの芝居.
シーンとして,それほどの数のショットがあるわけではないこの2人の醸す空気感にシビレタところから,小生の中での
「病院坂…」 の猛追が始まりました. そして一度その良さがわかると今まで見えなかったものが見えてくるから
人間の感覚って不思議ですね. それが例え,必ずしも良いところでなくともそれさえもが魅力に感じてくるのですよ… ,年ですかね.
前半の小沢さん演じる徳兵衛に金田一が何事か依頼され,部屋から出てくるシーンですが,ここで清水さん演じる
徳兵衛の息子直吉に探られるやり取りがあります.ここでの石坂さんの軽く往なす芝居は見事です.
探偵家業が染み付いた男の事も無げな仕草に感服し,またあの飄々とした風情も,戦争を生き抜き,そして食べるための
いわゆる処世術という生きることに必要なリアリティを瞬間的に凝縮したと感じます.
石坂さんの卓越した力量に負うところがもちろん大きいですが,それだけでなくこういうところに映画の神様は風を
送っているのだなぁと思います.
また,草刈さん演じる黙太郎との食堂のシーンでも,黙太郎の仮説に対して,「僕はそうは思わない」と間髪断固とした
口調で臨むところにロジックではない,生理的な部分での男 「金田一耕助」を感じ,原作の持つイメージをもっと豊かに,
もっと大切にと扱う石坂さんに感動します.
最後を謳った作品だけに,金田一の人柄に迫る説明的なセリフが多いことも事実ですが,それを凌駕するあの
「僕はそうは思わない」は名シーンであったと思います.
ほかにも常田さん,大滝さんの常連も楽しいし,三木先生もさすがです.
白石さんも相変わらず全開ですね. そして何より素晴らしいのは,草笛さんの芝居!
「女王蜂」のちんどん屋お富といい,こうした「動き」でその人の人生を表してしまう演技力と解釈に感動すら覚えます.
吉沢を演じるピーターさんは,時折口で風を送って自分の前髪をフワッと浮かす癖を見せます.
これは役者自らの解釈によると想像しておりますが,その中で河原さぶさん演じる滋との廃屋のシーンでもやはり
この仕草が出てきます. しかしここで,監督はこのアクションの終わるか終わらないかのところでカット変わりしていて,
おそらく役者は,この仕草の後にも芝居を続けていたと想像しています.
様々な事情は考えられますが,この作品が,他の作品に比べてそれぞれのキャラクターの深みのところで物足りなさを
感じるのは,決して原作の情報量を2時間強にたたんだ無理が祟ったわけでなく,こうしたところに起因しているのだと
小生は思います.
そして,「度し難い」というところを感じてしまうのです.
でも,これはこれでいいのだと思うようになりました.
生まれた時の干支が2度回って,しかもあの「東京オリンピック」を作った監督に,同じシリーズで5作目を作れと
命じるとどうなるか見せてやる!
坂の別れでシットリと終わると思わせて,原作者の再登場の長いシーンで終わってやるぞ! ロケ地も増やしちゃうぞ!
照明もいっぱい使うぞ! フィルムをがらんがらん回しちゃうぞ!
淳子ちゃんに歌わしちゃうぞ… .
瓦屋根の間の道を金田一が行くなんていうフカンからの絵を長玉で撮っちゃうぞ!
明朝を使わないぞ! でも残像を残して字がスライドするなんてことしちゃうぞ!
弥生が三之介の車に乗って登場する坂のシーンで,その両脇の木をそよそよ揺らしちゃうぞ!
小沢さんの徳兵衛が弥生に挨拶するところの目に,わかるかわかないかのキャッチライトを仕込んじゃうぞ!
金田一と黙太郎とが歩くシーンで真フカンのまま横移動しちゃうぞ!
佐久間さんに15才のシーンも演じさせちゃうぞ… .
でも,ラストの写真の乾板の示すくだりの,「あなたはそれを見たんですか… 」 のセリフは引き絵一本でいくぞ!
これはヨッてはいかんのだ!
自ら女が女としての恥辱を認めるシーンで,どうしてその女の顔を撮れようか… .
もしヨリの絵を撮ろうとしている奴は映画を撮る前に,人として許さないぞ!
僕はあなたの映画を見て育ちました.
小学校の時に「犬神家の一族」を見て以来,映画や映像の魅力を勝手に感じてしまいました.
よく言われる技術的な部分ではなく,被写体,登場人物に対しての徹底した真摯な姿勢を見せていただいたと思っています.
美しいものをより美しくは当然で,醜いものや弱いものに相対した時にも,どのような視線を獲得するかが勝負であることを
示されたと思います.
玄関で,小林さん演じる三之介がすわった向こうの障子越しに,人力車のシルエットが薄っすらと見えている絵がとっても好きです.
弥生の最後のセリフ 「冬子が待っている… 」 は,そのまま監督にも当てはまります.
小林さんはもちろん,三木先生,伴先生,高峰さん,そして若山富三郎さんも手ぐすねを引いていることでしょう.
「私は三之介の人力車が好きなのよ」
このセリフは,とっても市川崑監督らしいと,僭越ながら言わせていただきとうございます… ,ご冥福をお祈りいたします.
・ブタネコのトラウマ
いつも勉強になります.そしてここから素晴らしい横溝関連のパワーブログの皆さまにも出会えます.・YouTube「病院坂の… 」
まぁお茶うけにどうぞということで.
15夜関連記事
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2007.07.01 「続・りかさん」/ 2007.07.23 「ツクモと読む」
2008.02.14 「くわえ煙草のスヌーピー」
み、観たくなりますね~~。シリーズ全部(笑)。
3月は遠征の予定がないので、DVD鑑賞でもしましょうかしら?
「病院坂」もう内容すら思い出せないし(汗)、良い機会です。
> 恵美さん
おはようございます. お立ち寄りいただき,ありがとうございます.
見たくなるでしょう?(笑)
「嗚呼,ゴーシュに謀られた…」などと後のお叱りが怖いところですが,
そう言っていただけると本当に嬉しいです.
3月末のお別れの会には行くつもりでおります.
こんにちは ブタネコです。
ようやく拙記事も掲示に漕ぎ着けたのでお邪魔しました。
撮影する側の視点、とても勉強になりました。
詳細は拙記事で述べましたが、ちょっと市川監督寄りの視点で見直すと 違う意味合いが推察出来て この「病院坂…」は興味深かったです。
ありがとうございました。
やって参りました、めとろんです。
ゴーシュさまの『病院坂』についての文章を読ませて頂き、感動を禁じ得ませんでした。ゴーシュさまの文言のそこかしこに、技術的蘊蓄のみではなく、「現場」およびそこに生きる「人間」への確かな眼差しを否応なしに感じ、シビれるのであります。
あの映画は歳を経るごとに良くなっていく…というお言葉に強く共感!結婚した時、子供が生まれた時、特に感じたことは男と女、親と子という関係の"ぬきさしならなさ"。それから、ちょっと横溝=市川作品への感じ方が変わったような気がします。
若い時に不満だった、あまりに淡々とした終わり方にさえ「人の営みとはこういうもんだよ…」と、監督に優しく諭されているように思えて(笑)横溝先生の温顔と共に、忘れ難いものになっています。
大変勉強になりました。ありがとうございました!
チーム横溝の皆さま,いらっしゃいませ.
> ブタネコさん
様々なご配慮と,また我が儘もお許しいただきましてありがとうございます… .
小生の遠吠えに,ご紹介までいただき恐悦至極でございます. ほとんど理性のとれた子どもが書いたものになって
しまいましたが,実際時間が立つほどに今回の訃報は小生の中で大きくなり,またこれほどまでにショックを
受けている自分にも驚いた次第です. その中で,ブタネコさんの記事は温かく,肩をポンと叩いてもらった気がして,
感激をいたしました. 自分の中で一つ区切りがつきました.
本当にありがとうございました!
> めとろんさん
無理やりお誘いしてしまってすいません.(苦笑)
何だか,「供養だからさ,一杯だけでもやってってよ」という気分なのですよ. 寂しさを紛らわすために賑やかにしたい… ,
そんないつもには無いところのいつもではない自分の行動に動揺しております.
めとろんさんの娘道成寺の記事,感動いたしました.
http://blogs.dion.ne.jp/metrofarce7/archives/6846324.html
いずれ,参上仕ります. お寿司もあるから…と,言いたいところです.
本当に来てくれてありがとうございました.
私の場合、病院坂~はあのタイトルのジャズシーンでかなり上位ランキングされております。(笑)
> ワクっち(C)さん
いらっしゃいませ. 先日のライブの模様のお写真,拝見しています!
渋いサンバーストのジャズベースがご本人様でしょうか…. 既に上位ランクとはさすがですね!
タイトルバックで,ソロの交換のところのその後の波乱を想起させるシークエンスは小生も好きです.
こんにちは。
お邪魔するのが大変遅れましてすみませんでした。
さすが、ゴーシュさんですね。非常に心惹かれる内容でした。
>同じシリーズで5作目を作れと命じるとどうなるか見せてやる!
これ以後に記述されている内容の件、さすがと唸ります。そう、明朝体もつかってないんですよね、本作。
いろいろとやられているんですね。私などはとても気がつかない点、非常に勉強になり、そして作品を非常に鑑賞したくなります。
実は私、本作、シリーズ5作中に極端に鑑賞回数がすくないのです。好きな順位は、「手毬唄」「女王蜂」に続いて3番目なのですが、鑑賞回数はダントツの最下位です。ブタネコさんも同様の思いを語られてましたが、どうしても最後に事件、いや市川5作品の最後ということで終わりになってしまうのがね・・・。
自身のブログでもあえて非常に好きな作品で鑑賞回数も多いながら4作目である「女王蜂」と最後の「病院坂」は記事にしておりません。これを語ることは終わりにちかづいてしまう、終わってしまうようで・・・。
また、私は基本的にどうしても金田一ばかりをみてしまいます。あの終盤の「奥様の姿が・・・」から以降のシーンは私が表現するところの金田一独自のハードボイルド、原作でいうヒューマニズムをひしひしと感じさせる、涙が流れんばかりのシーン(当然、三之介が奥様を法眼の屋敷までのせていく描写も含めて)で大好きなのです。
しかし、記事を拝読して、金田一の「僕はそうは思わない」のシーンや、他の演者の方、中でも弥生奥様と三之介の描写とやりとりの部分、ゴーシュさんのその視点と読解力さすがですね。
「病院坂」また鑑賞したくなりました。
>弥生の最後のセリフ「冬子が待っている… 」は,そのまま監督にも当てはまります.
おっしゃる通りですね。
市川監督のご冥福、心よりお祈りいたします。
> チーム横溝のイエローストーンさん
いらっしゃいませ. イエローストーンさんの記事のお写真などを拝見し,最後の最後まで
ハイコントラストな現場であったと妙に納得したのを覚えております.
http://toridestory.at.webry.info/200802/article_4.html
小生など想いに任せて書きなぐっておるだけですが,その淋しさだけでなく,いわゆる大作なる
映画作りの技の継承がまたしてもされぬうちに逝かれたことがとても残念でなりません.
でもその思いは秘めつつ,市川監督の様々な作品をいろいろな方々に再び手にとってもらいたい
その一心のみで書いたものですから,イエローストーンさんのように
>「病院坂」また鑑賞したくなりました。
と言ってくださるのが本当にうれしいです.また本当に感動したのは,亡くなられた直後,
拙ブログとお付き合い頂いているほとんどのブログで追悼文がすぐ出たことです.
まさに見事でした.