15夜通信 / 続・リカさん

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市川 崑 監督
若山 富三郎   岸 恵子  石坂 浩二 主演

「 悪 魔 の 手 毬 唄 」
1977.4.2 公開 東宝 144min イーストマンカラー / ビスタ1:1.5
撮影  長谷川 清
音楽  村井 邦彦


いよいよ数日後に,犬神家の新作版が出ますね!

先日の父の日の折,モグラ状態だった小生に,家族がTSUTAYA東村山で
「悪魔の手毬唄」と「女王蜂」を借りてきてくれた… . (ToT)


再び,この映画作品に筆を取る.
やっぱり理屈抜きで「面白い」ですから. (^^;

その映画としての魅力を考えたいと思います.

まずあの明朝… , 一度はやってみたい… .
通常,映像の世界のタイポグラフィは,チラツキの少ないゴシック体が基本. それが最近は,若い監督も何のためらいもなく,
バンバンと様々な書体を使うようになりましたね. 海外では「セブン」以降,モーション・タイポグラフィがだいぶ注目され,
日本ではCXの「踊る大捜査線」や庵野さんの「エヴァンゲリオン」も記憶に新しいと思いますが,テクノロジーの進歩もあり,
そうした技術が容易に導入できるようになりつつあります.

デザインの世界で言えば,田中一光さんのようにフォントをグラフィックの主役に持ってくるという発想を,近代映画の時代に
本格導入したパイオニアが市川崑監督と言っていいでしょう.
それに,画角に対してあれだけ大きな比率で,しかもエキセントリックな鍵型にご自分の名前をクレジットするのも,
おそらく市川監督だけでしょうね. (^^
小学校の時,市川監督があのクレジット部分の設計を,手書きでレタリングされている写真を見たことがあります.
レタリングなんて言葉,今となっては死語に近いですが,随分と小生は影響を受けて,子どもの頃の暑中見舞や賀状などで
真似したものです. 偶然か狙いかはさておき,あの明朝体が,横溝作品独特の空気にマッチして,見えないところで
その空気を醸していると思います.

それと音楽もいいですね.
小生的には,影の演出と言っていいくらいに市川監督の横溝作品には音楽が貢献していると思っています.

特に,本作品と「女王蜂」の2作は個人的に大好きな音楽です.
「悪魔の…」はフレンチな味付けですね.「シェルブールの雨傘」がベースなのかな. このサントラを聴くと,
磯川警部とリカさんの決して成就せぬ恋を想い出します. つくづく映画は総合芸術だと感じます.

「女王蜂」は,本作品で編曲をしている田辺信一さんが音楽を担当しています. こちらはまた雰囲気を変えて,
ポール・モーリアで有名な「オリーブの首飾り」がベースに聞こえますね. マニアックな楽しみのある「女王蜂」を軽快に
進行をさせる演出をしていて,作品同様に娯楽色の強いポップなメロディだと思います.

奥秩父山系,山梨百名山である太刀岡山をして,撮影部の長谷川さんは,市川監督と共犯で岡山県鬼首村にしていく
わけですが,「Fの暗いレンズなのかな」とか,「露出ミスなんじゃないの…」という一瞬不安にさせるタイミングの
イーストマンカラーで横溝ワールドを作っていきます.
影響されやすい小生… ,初めて16m/mを撮った時にまず選んだフィルムがコダックでした. (^^
シリーズ全て,このルックを関係各位に通した市川監督はストロングだなと思います.
今でこそDVDなんてものがありますから,再現度の高い映像で見ることができますが,昔,VHSしかなかった時の
レンタルVの画質の暗いこと!
しかも市川監督は,比較的コントラストの高い絵を好みますので,暗部の計算が大変だったと思います.
だってこの時代はビデオアシストなんて機材はありませんから,ラボから上がってくるまで誰もわからない… .
特にこの「悪魔…」は衣装も美術もみんな暗い色ばかりですから,ルーペよりも本当に目測勝負のフォーカス送りだったに
違いありません… ,ファーストさん可哀相. (^^;
この作品時に,サードだった五十畑さんが今の市川組の撮影部さんですね. 相当に鍛えられたのではと想像しています.

子どもの頃より原作も読み,またこうして市川監督の横溝作品を反芻し続けて,小生なりの映画の解釈もあったりして,
大筋のところは以前のログで書かせていただいておりますが,いくつか「気になる」ところがございます.

まず,放庵は本当にモテたのか?

冗談かとお思いでしょうが,これはけっこう重要なんです. (^^;
多々良放庵演じる中村伸郎さん. 様々な脇役で出演作の多い方です.

山本薩夫監督「華麗なる一族」の日銀総裁や伊丹十三監督「タンポポ」で北京ダックに執着する老詐欺師など… ,
基本的にちょっと嫌な奴が多い. その中村さんが,おそらく芸歴唯一「自称プレイボーイ」役がこの放庵なわけですが,
中村さんの風貌と,役柄が8回の離婚経験に,やはり自称「風雅な住まい」で,自称「モテたんじゃのー」のくだりは
15屋にて論争を呼びました. (^^
ここで思い出すのは,「キャスティングで演出の70%は終わる」という市川監督の持論です.
主演格やヒロイン達はともかく,加藤さんや大滝さん,常田さん,草笛さん等々,いわゆる市川組は除いて,
原ひさ子さんは妥当な役ですから,つまりこの放庵役のキャスティングが,市川監督の市川監督たる所以だと感じています.
こうした内容の作品で,ちょっとした息抜きを用意してあげるのは演出の技術の一つですが,ともすると浮いてしまったり,
観客が引いてしまったりとハイセンスが要求されます. 特に,この放庵という役は話に食い込んでいる役回りなので
しっかりと芝居ができなくてはなりません. しかもその存在感が,作品全体の雰囲気に寄与してしまう人物です.
序盤の亀の湯のお風呂での金田一との長いシーンもいいですし,代筆のため訪れた石坂さん演じる金田一を
戸を開けただけであそこまで驚かせた,中村さん演じる放庵.
「あない油気の抜けたジイさん,どうなってもええやろ」というセリフに思わず「ウム」と観客も頷けるキャスティングは
見事だったと思います.
蛇足とすれば,仁礼嘉平役に,「若山さんを突き飛ばしても大丈夫」な辰巳柳太郎さんを持ってきたことも見事です… .

あとこれは本当にどうでもいいことで恐縮ですが,気になることが. (^^;
やはり序盤で,金田一が総社に赴き,山岡久乃さん演じる井筒屋さんに会うという場面があります.
ここは引き絵の長回しという,当時50代の山岡さんに当時30代の石坂さんが挑む見ごたえのあるシーンで,
ストーリー的にも重要です.
ここを前半,カットを割らなかったのは,当時60代の市川監督の石坂さんを育てようという愛情だと感じます.

ここで気になるのは山岡さんの芝居です.

山岡さん演じる井筒屋さんの後ろの下手側のふすまが開いているのですが,これを閉めるくだりで,せりふを言いながら,
一回上手に手を伸ばして,あっ逆だと下手に振りなおしてふすまを閉めます.

これは芝居なのか,間違えたのか. (^^

芝居だとすれば,その後に薄っすらとズームが始まるので,そのキッカケにしたようにも思いますし,
また間違えたのだとしても,まったく役のテンションが変わらず,日常でよくある動作として乗り切ってしまった
山岡さんの芝居の面白さに感動しました.

それだけで十分なのですが,まったく野次馬根性というか,根がミーハーなもので,ご存命ならば確かめたいと思っておりました.
しかしきっと「そうじゃったかな?」と,はぐらかされてしまうでしょうね.

この作品の岸さんは本当に綺麗ですね.

小生が改まって言うのも僭越なのですが,美しいです.
紬の着こなしや,結った髪が動きの中で微妙に解れた様など,見とれてしまう.
「女王蜂」よりもこちらの作品の方が,岸さんは綺麗だと思います.

最近はついぞ見なくなりましたが,女優さんを美しく撮る技術というのは映画には必須なものと心得ております.
だから映画なのだということも言えるのでしょう.

今は,若い女優さんばかりが話題になりますが,これは映画に携わるスタッフにその技術が無いだけでなく,
いわゆる「女」を演出できない表れという気がします.
先の「ゆれる」という映画の記事にも書きましたが,「女」の解釈をしようという映画やスタッフが少なく,
皆自分よりも年齢が低いか,もしくは若い世代の役者ばかりが登場するものばかり.
いわゆる「京マチ子を演出したい」という若手監督がいないのでは… .
これは映画の危機だと感じています.

先日ラジオで,「今そこにある危機」ということで,ある大学生の男女2人が旅行をした時のエピソードを紹介していました.
もちろん2人は恋人同士ですが,初めての泊りがけの旅行で,結局何も事を起こさず,帰ってきてから
「楽しかったね,また行こうね」と男が女に言ったというお話でした… .

馬 鹿 か ! (-_-)

きっとこう言う輩が映画の世界にも多いのだと,勝手に思っております.
その意味でも,この「悪魔の手毬唄」は若い世代に是非見ていただきたい.

好きな女を抱きたくても抱けないというのは,どういう時に起きることなのか.
また男における真の愛の表現とはどういうものなのか.
ガキ男ばかりが蔓延る現代に,若くして「LEON」など読まず,小生も含めて再度反芻したい… .

その意味でも,「悪魔の手毬唄」は市川崑監督の傑作なのではないでしょうか.

やはりいい映画というのは,その普遍性ゆえ,様々な時代にも居場所を自ら見つけるものですね.

3強のパワーブログを是非ご一読ください.
・めとLOG ミステリー映画の世界
・取手物語 取手より愛をこめて
・ブタネコのトラウマ

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2006.08.03 「リカさん」 / 2006.07.18 「佐清」

Comments

  1. ブタネコ says:

    ゴーシュさん こんにちは^^
    やっぱ、ゴーシュさんの視点は私には持ち得ない視点なので「へぇ…」と勉強になりました。
    特に「中村伸郎」のキャスティングに関しての一考は 私も気に入っているだけに「なるほど、そういう見方もできるのか…」と思いました。
    なので、余計にあらためて感じたのは「悪魔の手毬唄」における「放庵」の存在意義というか、重要性を ちゃんとおさえていたのだな…と判り、さすが市川監督と得心した次第です。
    個人的には 岸恵子に関しては「悪魔の手毬唄」公開直前における「徹子の部屋」出演時での大ネタバレ発言以来、好きになれません。
    が、良い女優さんである事は確かだと思うわけで…
    >女優さんを美しく撮る技術
    に関する一考も「なるほどなぁ…」と思うばかりです。
    >その意味でも,この「悪魔の手毬唄」は若い世代に是非見ていただきたい.
    同感ですね、その上で私は「原作も読んでね」と付加したいです。^^

  2. ゴーシュさん、こんばんは。
    記事読ませていただきました。映像づくりをしているゴーシュさんらしい観点で書かれていますね。大明朝体の件、先日『犬神』のリメイクを劇場で鑑賞した時、あの明朝体をスクリーンでみた時は大感激しました。また画のトーンについても、感心してよませていただきました。
    そして、キャストの件、中村伸郎さんの件も非常に興味深く読ませていただきましたが、私は、
    >仁礼嘉平役に,「若山さんを突き飛ばしても大丈夫」な辰巳柳太郎さんを持ってきたことも見事です…
    ここが正しくその通りだと思いますね。役とはいえ、なかなかいないですからね、若山さんを突き飛ばして大丈夫な人は。
    更には、山岡久乃さんと兵ちゃんの井筒屋でのシーンのことや、女優さんについての件、唸るばかりです。
    私もまたまた鑑賞したくなりました。
    そして、ほんとこの傑作を多くの若い人達に鑑賞してもらいたいですね。
    最後に、当方の記事にリンクを付加していただき、ありがとうございました。

  3. gauche says:

    こんばんは.
    お立寄りいただきまして,ありがとうございます!

    > ブタネコさん
    お粗末さまでございました.(笑)
    勉強などと恐縮の至りですが,これはやむを得ずというところをご理解ください… . 既に様々な方が様々な形で
    素晴らしい考察をされておりますので,小生はその間隙を縫い,限りなく失速に近い低空飛行で
    侵入するほかありません.(笑)
    岸さんの件は,以前読んでおります… . そういう天然なところも「リカ」の役作りに一翼を担ったのではと
    妻が申しておりました… .(苦笑)
    「色と欲」の男,放庵のお風呂のシーンを見れば,この男がいつかは全てを語ってしまうことは想像するに難くなく,
    またその後のなりゆきに関して言えば,「今度,東京から探偵の金田一さんを呼んだ」というセリフのシーンの
    各役者の視線の動きに,「嗚呼,いよいよ磯川は決着をつけにきた」というのと,「ならば…」という,いわゆる2つの「決意」
    に対する解釈を見た気がしております.
    その上でさらりといなくなりつつ,それでも暑苦しくない程度に,話の終いまで印象を残し続けなければならない
    放庵という役は中村さんの大変な力量の上に成立したと思っております.

    > イエローストーンさん
    繰り返し考察を折に触れ,読ませていただいております.
    聞いた話ですが,何かの作品の折,リハーサルをしながら,照明の助手さんがスタジオの一重(吊り)からの仕込みを
    若山さんの立ち位置に向かってしていたのですが,若山さんが少々上手に寄っていたので
    「若山さーん,すいません! もう少し下手にお願いできますかー!」
    と言ったら,「お前が動けー」と言われたそうです… .
    林美智子さんはともかく,若山富三郎さんですから「肩を当てて前に出る」というト書きがあったら,普通戦慄します.(笑)
    さすが緒形さんも沈黙する,新国劇の星です.

  4. めとろん says:

    こんにちは!めとろんです。
    ゴーシュ様、拙ブログを採りあげて頂き、恐縮です。他のお二方より相当に劣りますが…ありがとうございます。
    ゴーシュ様の撮影に関する知識、素晴しいですね!そういう畑の方なのでしょうか?ぼくは遥か昔、アニメーションの撮影スタジオに務めていたことがありまして、D(ディフュージョン)の4とか5とかをレンズの下に置いたり、光量の測定器で左右のライトを調整したり、…と、複雑な作業だったことを思い出します。今はデジタルになり、そんな作業も過去になってしまったのでしょうかね…。
    山岡久乃さんのシーン!あのシーンを見るにつけ、市川監督も現在だったらあの演出は選択しないだろうな…と常々思っていました。あれだけの間をもたせられる役者だからこその演出!そんな役者が少なくなった…その感慨は、特に「八つ墓村」を見たとき感じましたね。
    市川監督も、やり辛そうだなあ…と、気の毒になったことを憶えています。
    卓越したゴーシュ様のお話、大変面白かったです!
    また、伺います!

  5. gauche says:

    > めとろんさん
    こんばんは.お越しいただきまして,ありがとうございます.

    >他のお二方より…
    とんでもないです! まだ全てを拝見したわけではありませんが,「趣味で」という領域を
    はるかに越えた貴ブログに感服しております.
    芝居という意味では,市川監督の作品は昔も今もそれほど高い品質を提供できてるとは思わないものの,
    それを画面上で観客に信じ込ませる神通力が,昔の市川監督,スタッフ,そして役者にあったように思います.
    そして,その神通力が映画には大事だし,またハッとするようないいシーンを生むのでしょうね.
    今日でちょうどひと月ですよね.(笑)
    かわいいでしょう!
    微力ながら,健やかなる人生への追い風を祈りつつ.

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