15夜通信 / 人生は素晴らしい


エミール・クストリッツァ監督

原題 「CRNA MACKA, BELI MACOR」
邦題 「 黒猫・白猫 」
1999.8 日本公開 ユーゴスラビア(仏/独) / 130min カラー / Aビスタ

ニャニがニャンでも愛で突っ走るのよ … ,この完全無欠な本作のコピー.


「ストリート・オブ・ファイヤー」を見ながら踊るヒロインと「カサブランカ」を見ながら悦に入るキャラの存在にして,
すでにこの作品が小生の殿堂入りを約束されたことを意味しています.
しかも,本作にはお金のかかった特殊効果の類は一切無く,ましてやデジタル等の議論も全くナンセンス.
カットとO.Lで静かに繋がれたこのフィルムは,近年稀に見るエキセントリックな映画になりました!
まさに珠玉です.

エミール・クストリッツァという映画監督がどういう人なのか.それはその華々しい受賞歴よりも,作品を見てもらう方が
伝わると思います. 賞を獲ったことが凄いのではなく,凄い作品がまず有って,それにおまけが付いただけにすぎません.
小生は映画を,大衆娯楽や通俗文化の一員と考えて接していますから,よくある業界の芸術家気取りと特権的意識を
ヘドが出るほど敵視しており,いささか前述の「凄い」という表現に抵抗があります … が,でもねぇ … .
凄いものは凄いからしょうがないよね.

小生としては,現存するヨーロッパ方面の映画監督で,ロシアのニキータ・ミハルコフとこの旧ユーゴのクストリッツァの二人
の作品に関してのみ,スルーパスで芸術と認識しております.

では彼の作品群のどこが凄いのか. どの辺が他の映画と違うのか.

ズバリ … これが言葉にしにくい.
それ自体は小生の語彙力と表現力の拙さに起因するところですが,1度でも彼の映画を見た人なら,同情して
情状酌量の余地ありと見てくれるのではないでしょうか… . それを踏まえて,その差異を一言で言うならば,
「映画の生命力」というところでしょう.
映画館が火事になっても彼のフィルムは燃えない気がします… .

クストリッツァの映画には,例えば歩くとその人の形に空気に穴が開くというか,腕を振るとそれで風が起こるというか,
絶対的な存在感があります. しかも対象に寄り添うというより,ねじ伏せるような迫力があり,かといって力でがんじがらめ
にならず,むしろフレームの中の生き物 (人間だけではないので… ) がイキイキとしているのです!
昔,塚本監督が 「東京フィスト」 を撮った時に,体感の喪失と復権というようなことを語っておられましたが,その体現という
意味においてもクストリッツァの作品は白眉ですよね.
かなり昔,寺山修二さんの舞台美術を横尾忠則さんがやった時に,初日前の搬入で,入口の寸法が正しく伝わっておらず,
大きくて入らなかったことがあったそうです.
そこで劇場側の人間が一時的に切ってしまおうとしたところ,「僕の作品にさわるな!」と叫んで持って帰ってしまったとのこと.
でも翌日きっちり寸法の合った同じデザインのものを仕上たらしいです… .
宮崎駿監督が「紅の豚」という作品を撮った時に,製作発表で流した鈴木Pの作った予告を見て,「僕はこんな好戦的な映画は
作っていない!」と満場の中で憮然としたという有名な話があります. しかも会社に帰ってから,スタッフにその予告を見せて
反応を聞くと皆「いい」と言うので宮崎監督は再激昂! 「監督を降りる. 僕はこんなものを作っているつもりはない. でも皆が
それをいいというなら鈴木さんが作るべきだ」という監督を鈴木Pが謝って治めたらしい … .

安易にこういう表現は使いたくありませんが,おそらくエミール・クストリッツァは天才です.

クストリッツァは,この前作 「アンダーグラウンド」で,本人の制作意図とは違う飛躍した論争に巻き込まれ,
ほとほと嫌気の差した彼はその直後に引退を表明しました. そもそも映画の神様が彼を手放すはずがなく,
この引退未遂も「無駄なことを」というところですが,その瞬間のクストリッツァは紛れも無い本気だったことでしょう.

その彼が,「初めて映画を作る気持ちで作りました. 映画に戻れたことが嬉しくて,人生のありとあらゆるものに自分の
熱狂と愛情を表したい… 」と作った,生きることの喜びがフレームの端々からビシバシほとばしる映画こそ,この「黒猫・白猫」です.

彼を根気よく説得し,引退を撤回させた敏腕プロデューサーには本当に感謝ですよ!
それと,この作品が’98年ヴェネチアで銀獅子を獲った時にクストリッツァ44才.
黒澤明がこの同じ年齢の時に何を撮っていたか … ,そうあの 「七人の侍」 なんですね.

かつて,ジュゼッペ・トルナトーレが 「ニュー・シネマ・パラダイス」 で映画へのオマージュを示しましたが,
小生にはあの映画は美しすぎました. 学生の時にひと月ほどイタリアを旅したことがありますが,小生が見たシチリアや
イタリアの各都市とは違って見えたものです. もちろん映画として好きではあるのですが,イタリアという意味では,
むしろその何年か後に見た 「小さな旅人」 の方が見てきた印象と空気を感じたと記憶しています.
その意味で,この 「黒猫・白猫」 も真のセルビアよりも美しすぎるかもしれませんね. でもそこに生きる人々の余りの
バイタリティに,見るものがひれ伏すという点でトルナトーレと違いますし,作品の趣味もまったく正反対ですな.
しかし共通するのは,映画っていいなと思えるところでしょうか.

いずれにせよ,こんなのが隣人だったら絶対にヤダという連中ばかり出てきますが,テクノロジーよりも人間の方が
生き物の方がエライこの映画を小生は愛して止まないのです.
明晩が晴れることを祈りつつ.

・愛すべき映画たち
好みが少々重なる上,本当に多くを見てらっしゃいます!

・CHEAP THRILL
独特の読ませる語り口の魅力的なサイトですよ!


Comments

  1. micchii says:

    TB&コメントいつもありがとうございます。
    満を持してクストリッツァの記事ですね!
    「ニャニがニャンでも愛で突っ走るのよ!」、素敵なコピーでしたね。
    クストリッツァを説得してくれたプロデューサーはほんとにノーベル賞ものですよ!
    『アンダーグラウンド』でも、背景はすごく大きなことを扱っていながら、あくまでも「人間」(というより生き物)を描いているところがいいですね。
    新作、マラドーナとの1対1の結果やいかに・・・、クストリッツァのサッカーの腕前にも注目ですね(笑)
    「ジプシーのとき」、たぶん新宿TSUTAYAとかに行けばあるんでしょうが、こちらではありそうもありません。
    一度オークションで見かけたことがあるんですが、とんでもない値段がついてまして・・・。
    なぜこれだけDVD化してくれないんでしょうか。

  2. gauche says:

    こんばんは.お立寄りありがとうございます!
    確かにノーベル賞かも…,けっこう大変だったようですから.

    > 新作、マラドーナとの1対1の結果やいかに・・・
    本当に楽しみですね.また見たことのないアプローチで映画を魅してくれるのでしょう.来年見れるかな?

    > たぶん新宿TSUTAYAとかに行けば
    ありますね,確かに. でも小生も借りたことはなく,「アンダーグラウンド」と2本立てで映画館で見たきりなのです.(濃いですよね…)

  3. バウム says:

    こんにちはー。今夜もお月さんがきれいですね。(密かにお月さんウォッチャーです)
    映画が伝えることって、結局は "Life is beautiful."か、"Life is hard."かの、どちらかしかないんじゃないかと思うようになっていたところなので、このタイトルにはビビビときました。
    「美しすぎる」という表現はとてもよくわかります。「美化されている」というのとも違うんですよね。こういう微妙な感覚がゴーシュさんの文章から伝わってきてとても楽しく拝読しました。
    …とはいえ、この映画は未見なんです。観たい映画リストに加えなければ。

  4. gauche says:

    > バウムさん
    ご来訪,ありがとうございます.
    小生の100の言葉よりも,見ていただいた方が雄弁な映画です.もし機会あれば,是非ご覧いただけたらと思います.
    それと"The life is …"には"mysterious"もありですよね!

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