15夜通信 / 続・嫉妬する手練


ポン・ジュノ監督 / 岩代 太郎 音楽

原題 「MEMORIES OF MURDER」
邦題 「殺人の追憶」
2004.3.27 日本公開 韓国 / 130min カラー / Aビスタ

予告: 日本版 / 韓国版


小生が昨年まで住んでいた東京の木場という界隈に,生まれ育ったその地を越す1年ほど前からキムチ屋さんができました.
もちろん韓国の方のお店です.

ここのキムチが無茶苦茶に旨い!

別の韓国の人が作るキムチもいくつか食してみましたが,これが比較になりません. しかもキムチ以外にもチャプチェ,チヂミ,
ビビンバ,のり巻等,すべてが美味しくて,そのお袋の手を感じさせる食文化の深さに完全に打ちのめされました.
韓国恐るべし… ,いやぁ,ほんとに旨かった!

思わず翻って,韓国映画の勢いに想いを馳せる.昔,世界柔道で日本の立ち技が韓国の寝技に完璧に封じられた時,
半分やけ気味に「キムチ食ってるからなぁ…」と転嫁していた小生の発言が,やや現実味を帯びてきました.
それほどにこの映画と初めて出会った時には,ズシリとくるショックを感じたものです.

日本公開の前年,2003年の暮れの東京国際映画祭で,毎年「勉強だ」と連日見に行っておられる撮監協会の I 大先輩から
「いやぁ韓国から凄いのが来たぞ 」 と連絡をいただいたのが最初でした.
「君とほとんど変わらない年の監督で,とにかく素晴らしい!ゴーシュ君も見ときなさい」 と言われたものの,凡人の小生は行けず,
結局初めて見たのは随分経ってからです.そのぶん後悔と悔恨が津波のように襲い,遅まきながら昔の書物を漁り,
「映画の文法」等を読み返して勉強をし直しました .

その昔,バルセロナ五輪の時に,一本背負いの古賀選手と内股の吉田選手が金メダルを取ったのを見て,日本人の活路という
ものを見た気がしました. つまり,力で押すのでなく,キレとスピードを磨くということです.
所詮,筋肉の質や動体視力も違うわけですから,同じ土俵で鍛えても限界があるのでしょう. ですから日本人には日本人の
戦い方があるはずだし,またその体現があったという点で,連日夜を徹して見た同五輪を小生は一生忘れないと思います.
それでは日本映画の得手不得手とは何でしょう?

韓国では,おそらくそういうものの考え方で映画を作り始めたのではと推測します.
我々に足りないものは何か… ,また他には無いものは何か.その探求を死に物狂いでやったのではないか. それが形となり,
その流れの中を必然的に「殺人の追憶」は姿を現した… ,という気がしますね .

この映画の素晴らしいところはいろいろな場所で語られており,小生が新たに言うべくもないですが,強いて言うならば,
きちんと演出されていることだと思います.

演出は解釈を形にする作業です. ですから,解釈をしなければ演出は始まらないし,解釈してもそれを形にできる術も
持たなければなりません. そもそも実話をベースに,しかも未解決殺人事件をシナリオにする作業というのは難易度としては
最高クラスで,とくに結末のさせ方には相当のセンスを要求されます. その意味でも,人物の感情の交差と交錯を見事に
描き切ったポン・ジュノ監督の力量と人柄は恐るべし!
それと,この監督の優れているのは,後処理でなく,撮影で解決しようとするところ!
これは,映像で食べるということの基本のはずなのですが,今の日本には相当に欠けている感覚です.

ポン監督はかなり勉強されているはずで,技術の適材適所が抜群!
特にレンズ特性の使い分けは目を見張っちゃうんだよなぁ.(ため息…)
撮影部の人選かなとも思いましたが,前作の「ほえる犬は噛まない」は本作と違う撮影部なのに同様のことを感じました.
本作も含めて,特に長玉の使い方はモノクロ時代の黒沢明を思わせるトリッキーなもので,これは監督自身の指示なのだと
思います. もっと言えば,フレーム内の人物のインアウトの使い方も大変上手だと感じました .

音楽の岩代さんのお仕事も非常に抑制が効いて素敵でしたね.
やるせない情感と,古さと新しさが同居するリズム&メロディに痺れました! ポン監督との相性の良さを感じます.

それとキムチを食べているからというわけではないのでしょうけど,役者に「顔」がきちんとあるのは羨ましい!
フィルムでは,少々エラの張る方がきれいに映えます. そして,エラが張るには顎をよく動かして,骨格を動かして鍛えなければ
なりませんね. それには食べることを大切に考えることが重要なのかな. 四季のものを美味しくいただける国は世界でも
それほど無いわけですから,丁寧に日本食を食べ,あごの骨格を鍛えれば,それは声帯にも直結していますから,
一人ひとりが深みのある独特の声を放つことも可能なのかも.
しかも日本食には季節感がありますから,日本独特の感性を養えて一石二鳥!
早くそういう若い役者を日本でもみたい!! 芝居の技術は覚えられても,それを解釈する感性や顔,声は教えられませんものね.
新作「グエムル」でも「食べる時はテレビを消そうよ」というセリフが出てきますよね .

本作の主役二人ソン・ガンホ,キム・サンギョン,焦点のパク・ヘイル,同僚役のキム・レハ,元捜査課長役ピョン・ヒボン,
変態な容疑者役リュ・テホ,容疑者にされたパク・ノシク… ,畜生みんないい顔だなぁ.
キム・サンギョンとリュ・テホ以外は新作にもみんな出てるもんね. わかるなぁ,思わず出したくなる顔ばかりだもの.
ソン・ガンホやピョン・ヒボンは言わずもがなでしょうが,キム・レハという役さんもポン監督の新作も含めた3作とも出演,
しかも与えられる役が毎回一癖ある人ばかり. 相当信頼しているのだなと感じます.
パク・ヘイルは,新作「 グエムル」を見て,やり方によっては化ける人だと思いました.
力量と技術はありそうなので,あとは脚本と演出とのいい出会いがあれば!

本作の女優陣もよかった!婦人警官役コ・ソヒや恋人役チョン・ミソン,ともに色っぽいんですよ.
ソン・ガンホとチョン・ミソンの情事のシーンには,今村監督の作品に出てくる左幸子のような艶めかしさがあり,艶というか,
乱暴な言い方をすれば,この感触は日本の今の女優さんにはハッキリ言って皆無かな.
先に紹介したキムチ屋さんの方にも包容力のようなものを感じたのですが,本当の女の女らしさとはこういうことなのかなと
小生夫婦で話していたものです. 艶っぽさ,柔らかさ,優しさ,包みこむ母性,汗,匂い,手の温もり… ,そんな丸みのある
女性観を必死に取り戻さないといけないものかもしれませんね. それには女優だけでなく,顔のある男の俳優も同様に,
必死に作っていかなければならん! と,発破をかけられた…そんな気がします.

先日,ポン監督の新作を見に行った折,夫婦で一致した意見は匂い立つような人間の存在の有無でした.
日本にもそうした人物はいますが,少なくとも映画の世界には少なそう.スクリーンの向こう側にもこっち側にも,汗をかく,
匂いのある,丁寧に生活をしている人間がいることが映画以前の問題としてもう少し語られる必要を感じます.
そしてそこをエントランスにすれば,流れの中で十分に日本でも一本背負いや内股な映画が生まれるでしょうね.
梅干しやみそ汁のような映画が… .

・憔悴報告
ある方角からの本作の冷静な分析は必見! 論客です.

・愛すべき映画たち
おなじみmicchiiさんの本作記事です.新作記事もありますよ!

・幻のドルシネア
ポン監督の新作「グエムル」の鋭い考察ですよ!

Comments

  1. micchii says:

    TB&コメントありがとうございました。
    典型的な怪獣映画なら幼稚園のお子さんでも大丈夫かもしれませんが、これはある意味凄くリアルで恐いですからね。大人でもみんな真剣にびびってましたし(笑)
    クストリッツァは、おっしゃるように映画館で観てこそですね。
    『アンダーグラウンド』を映画館で観た時はほんとに打ちのめされました。
    『アンダーグラウンド』と『ライフ・イズ・ミラクル』の2本しかUPしてませんが、他のもいずれ書きたいと思います。
    ソン・ガンホの“顔”は、ほんとに傑作ですね。
    特に『殺人の追憶』のラストは、『サブウェイ・パニック』のラストのウォルター・マッソーと並んで、映画史の双璧だと思っています。
    「食べる時はテレビを消そうよ」よかったですよね。
    以前UPした『わが谷は緑なりき』の「食事中は無言 食事に勝る話などない」を思い出しました。

  2. どるしねあ says:

    お初です。
    キムチをホカホカのご飯にのせて食べたい・・・
    じゃなくてレビュー読みました。
    ラストのセンス、素晴らしいですよね!!
    この映画って未解決婦女暴行殺人事件の映画なのに
    コメディ部分があって普通ならありえないのに
    何故か成立してるのが凄いです。
    おかしさというか滑稽さというのかそういったものが
    上手く表現されているからなのかなーと思いました。
    あくまで私見ですがw
    にしても、パッケージ見るたび
    ガンホ氏が漫画家の蛭子さんに見える・・・
    また遊びに来ます!
    ビバガンホアニキ!

  3. gauche says:

    > micchiiさん
    こんにちは. 昨年越してきたこの15屋は,「わが谷は―」というより「幸せの黄色いハンカチ」に出てくる家みたいですが(小笑),
    気に入っています.そう言えば,そういうセリフがありましたね.それと,この世に天才というのがあるなら,
    クストリッツァはそうなのかなと思います.いつもご贔屓にありがとうございます!

    > どるしねあ さん
    初めまして! お立寄りいただき,ありがとうございます.
    最近また「 ほえる犬― 」も見直しました. やっぱりこの監督は最初から,ドラマの組立てが巧いですよね!
    それと,「 グエムル 」といい,ポン監督って売店が好きなのかなぁと思いました.(笑)
    今後とも末永くご贔屓にお願いします.

  4. 「殺人の追憶」と「ほえる犬は噛まない」をレンタル観賞いたしました。
    「殺人の追憶」はアチコチの記事に書かれていた通りの傑作でした。見て損の無い作品ですね。凄惨な事件を扱っているのに、後味が悪く無いのは監督の手腕なのでしょうね。

  5. モカ次郎 says:

    こんばんは。いつもTB&コメントありがとうございます。
    この映画、昨年だったかDVDで観ました。
    それ以前に韓国映画は「猟奇的・・・」とか「ラブレター」とか観てて
    すごく「ウマイなあ」とは思うんですが、なんか「あざとさ」を感じてしまうんですよね。
    で、この映画はそうしたあざとさがなくて、(私にとっては)安心して観られた記憶が残ってます。
    「匂い立つような人間の存在」ですか。そういえば、最近は作為的な美しさよりも、人間の汗とか匂いとか泥臭い表現に魅力を感じます。
    とりとめなくてすみません(^^;)。では、また...

  6. gauche says:

    > samurai-kyousukeさん
    こんばんは.「吠える―」もご覧になったようですね.サイトでは見ないようなことが書いてあったので(笑),少々嬉しいです.
    しかし,今の小生なら同じ反応をしたかもしれません.保護した二人は殺人的に元気ですよ!

    > モカ次郎さん
    「あざとさ」は模倣の域を出ていない証拠ですね.あとは好みでしょうか.そういう意味でも,本作は一つも二つも
    抜きん出ていると思います. ところで,黒澤作品のアンケートにはまだまだお邪魔してしまいそうです!

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