15夜通信 / リカさん


市川 崑 監督

「 悪 魔 の 手 毬 唄 」
1977.4.2 公開 東宝 / 144min カラー / ビスタ1:1.5

「 女たれがよい枡屋の娘… 」


ある日,これを口ずさむ我が子を目にした時,この状況を肯定するにはどうすればよいか,必死に考えました.
子どもの吸収力とは恐ろしい… .

先日も書きましたが(「佐清」参照 ),小生は市川監督の作品では「女王蜂」が1番好きで,妻の封印が解けて以来
(「解釈が辻」参照 ),月に1度は横溝作品を借りてきます.
ただし,血の表現に特長のあるこれらの上映時間は子どもが寝てから… .
どうしてだろうと妻と話していたら,DVDを入れっぱなしにしておいた折,メニュー画面だけをどうも見たらしい.
そういえば,メニューの裏であの手毬唄が鳴っていた… ,不覚.

本作品の美意識には,今の邦画にもあったらなと感じる艶があります.
この場合の艶とは,人間の描き方のことですね.

昨今,特に都心を歩いていると,必ず1度は舌打ちを耳にします. また妊婦さんが電車に乗ってきても,誰も気づきません.
これは既に経験者である女性ほど顕著で,どうしてだろうと疑問なのですが,案外金髪の兄ちゃんあたりが
席を譲ったりするのを見かけます.
殺伐とした空気が世の中を支配していて,1つのミステイクも許されない,人間関係の軋む音が聞こえるよう… .
しかし,これにもう1つ奥があるのは,こうした現象を声高に叫び,正義をかざす人々のご意見もまた,言葉に刃を感じるということ.
ミイラ取りがというところでしょうか.
何か言葉を発するよりも先ほどの金髪兄ちゃんの方が説得力がありますよ.

小林秀雄さんが何かの本で,言葉の不確実さを語っておられました.
つまり,言葉とは口から出た途端,また文字にしたと同時に,もうその人の意図とは違う,外へ出てしまっていると.
だからどんなに丁寧に,あるいはどんなに気遣いをしても,体から出たらもう違うものになっているというんですね.
どう解釈されるかはコントロールできないし,けれどもその影響力は大きい… ,はてさてどうしたものかと.
小林先生が持て余しているというのに,小生などはどうしたらいいのでしょうか?

一時期はこのことを結構深く考えたものです.
しかしこれは,今の小生に答えの出る問答ではないという当然の結論に達し,日がな変わらず,「狩り好き,酒好き,女好きー 」
と覚えてしまった我が子と手毬唄をハモるしかありません.

若山富三郎さん演じる磯川と石坂さんの金田一が出会う場面ですが,おそらく今こういう芝居や演出が出来る人というのは
非常に稀なのだろうと感じます.
宿の部屋に入ってきたところの視線の交わし方や,新旧の世代を交差させる体の線の使い方.
また,金田一が座布団を敷こうとするのを磯川警部はさりげなく制して自分で敷いて座るくだりは,本当に美しいと思います.
ここでは,その交わすセリフよりも二人の動きそのものが,磯川と金田一の人間関係の深さを表現してしまっています.
小生の拙い推測ですが,小林さんはこうした人間の機微を本当の意味で理解なさっていたのだなぁと思います.
ですから,あれほどの批評の大家にもかかわらず,言葉に対して謙虚だったのではないでしょうか.
「 されど 」も知っている分,「 たかが 」も知っているのでしょう.

この作品は金田一作品で一二を争う,殺人の動機が理不尽な話なのですが,それをそうと感じさせないのは,
岸さん演じるリカさんへの磯川警部のただただ一途な想いです.

これは「 ロシア・ハウス 」のショーン ・コネリーのようで本当にかっこいい. 月並みですが,惚れ惚れします.
「 それでも好きやった 」とリカさんが裏切った夫への想いを吐露す場面やラストの方で「 自首するつもりやったんやろ 」と
精一杯の愛情を示す,この2つの若山さんの芝居には思わず涙が出てきます.

また結末を知って見ると,なるほどと感じるのが,磯川が宿に到着した折,北公次さん演じるこの宿の息子,
歌名雄との出会いの場面で,若山さんの目には愛情がこもっていることです.

最終的に映画ではこの歌名雄を磯川が引き取り,面倒をみることがセリフのやり取りで出てくるのですが,この映画を岸さん演じる
リカさんと磯川警部の切ないラブストーリーと解釈すれば,得心のいく芝居です.
もちろん,初めて見た時はそんなことはわかりませんし,ましてやこのシーンは引き絵なので,後付けと言われればそれまでですが,
しかし良い映画,良い芝居に共通することは何回同じシーンを見ても違う発見があることだと認識しております.
当然,殺人は許される行為ではありませんが,それでも人間を描く視線としての温かさや懐の深さをこの作品,
また昔の邦画には感じます.

いつからそうでなくなったのかはわかりませんが,少なくとも本作品制作時点には,冒頭での
放庵と金田一のお風呂場面三味線インサートでお分かりいただけると思いますが,当時60を過ぎてなお冴えまくる市川演出
によって,人の想いと体温,そして女性の本当の美しさを体現する映画があったということです.
岸さんのもの腰ひとつ取っても,今現在の世の中に対して雄弁な何かがある,そんな気がします.

「 枡で量ってじょうごで飲んで… 」
もし今度鼻唄を聞いた時には,斯様に子どもへ弁解しようと思いますが… ,いかがでしょう?

・ブタネコのトラウマ
とにかく素晴らしいのひとことです!

・Authentic=ホンモノ?
広い展開を示したコメントに頷いてしまいますね!

Comments

  1. ブタネコ says:

    はじめまして ブタネコと申します。
    この度は拙ブログにTB&コメントありがとうございました。^^
    >結末を知っていて見るとなるほどと感じるのが,磯川が宿に到着した折,北公次さん演じるこの宿の息子,歌名雄との出会いの場面で,若山さんの目には愛情がこもっていることです.
    仰る通りだと思います。
    また、そこに気づかれる程の御慧眼と拝察し この作品を愛する者としては嬉かったです。
    今後も よろしく御願い申し上げます

  2. cafenoir says:

    コメント&TBありがとうございます。
    磯川と金田一の再会の場など、本当にとても素敵です。
    言葉で表現しにくい、二人の再会までの時間の流れや、抱えているもの背負ってきたものが、じんわりと伝わってくるようです。
    これからも、よろしく願います。

  3. >金田一が座布団を敷こうとするのを磯川警部はさりげなく制して自分で敷いて座る
    「犬神家」でも松子夫人のところに行った金田一が座布団を横へのけて坐るシーンがありますね。なんてことないシーンですが、こういうのが自然に見えるのがすごいと思います。新版もこういうキメの細かさもそのままだと良いのですが。

  4. gauche says:

    みなさん,ご来訪ありがとうございます!

    > ブタネコさん
    貴ページの精度と申しましたのは,機械的なお話でなく,この映画を紹介するために抜いたシーンの確かさのことです!
    いやぁ,どのほどご覧なっているのか… .

    > cafenoirさん
    本当にその通りですね.目の感じがやさしさを感じます. それと,プロフィールに「 うどんよりそば 」とありましたが,
    ぜひ東村山お越しの際はうどんをご賞味ください! 小生も同じように思っておりましたが,昨年こちらへ越して以来,
    目からウロコでした!!

    > コロンビーさん
    高峰さんや岸さんのような方々の立ち振る舞いや嗜みとしての所作,言葉使いはぜひ現代でも失われずにいたいものですね.
    それにしても貴サイトの相変わらずの更新頻度… ,スゴイ!

  5. コロンビー says:

    更新頻度といっても内容薄いですけどね。こちらほど濃い内容にはなかなかできませんよ。

  6. モカ次郎 says:

    こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
    ホラーは私ほとんど観ません、特に日本のは、恐ろしく怖いから(笑)。
    この映画は高校生の時でしたか、無理やり友達に連れて行かれた記憶があります。
    怖いシーンは目をつぶって耳をふさいでたので、内容あまり覚えてませんけど(汗;)。
    今でも金田一役は石坂浩二が一番ぴんときます。
    いつもながら映画から展開される、視点の豊かさには感心させられます。
    それでは、また...失礼致します。

  7. gauche says:

    > コロンビーさん
    先日の野球記事はアツカッタデス!

    > モカ次郎さん
    小生も恐いのは苦手です… .
    ところが小生の妻は大好き!! 困っています… .このシリーズだけは子どもの時に見たせいか,大丈夫なんです.
    でも,子どもの時はやっぱりトイレに行けませんでした.

  8. こんばんは。
    私はこの「手毬唄」が一番好きかな~。
    次が「女王蜂」。
    この映画は磯川警部と再会したときのお互いのやさしくうれしそうな表情そして、最後駅のホームで金田一が磯川に言うセリフ、「磯川さん、あなた、リカさん愛してらしたんですね」がとても印象的です。

  9. gauche says:

    > イエローストーンさん
    こんばんは.こちらにもご来訪ありがとうございます! 市川版の金田一の名コンビといえば,
    この作品の若山さんと石坂さんのコンビと「病院坂首縊りの家」の佐久間良子さんと小林昭二さんかなと思います.
    それにしても若山富三郎は,ええなぁ思います!(京風に)

  10. とろとろ says:

    はじまして。コメント&TBさせてもらいました。
    悪魔の手毬歌は個人的には市川版金田一の中で一番のお気に入りです。
    若山富三郎演じる磯川警部の存在がこの映画に深みを与えていますよね。
    ラストシーンは切なさでいつも涙ぐんでしまいます。

  11. gauche says:

    > とろとろさん
    はじめまして. お立寄りありがとうございます.
    僭越ながら,若山さんと比較しますと,今の大人の役者はガキンチョです. 若作りの表面的過ぎて,小童もいいところだと感じます.
    そしてそれは全部自らに返ってくる.(笑)
    精進します ! 末永くご贔屓に !!

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