15夜通信 / なのだ


市川 準 監督

「トキワ荘の青春」
1996.3.23 公開 C.パブリッシャーズ / 110min カラー / ビスタ

才能の議論すれば,そこはただ「落胆」の二文字しかないので,
それはナンセンスというのが小生の持論です… .


生来のあきらめの悪さと根拠のない勢いを宗として生きてきました.
しかし,それは元来そういう脳天気ということでもなく,そう考えるに至ったと本人は勝手に思っています.
( 旧知の笑い声が聞こえるよう… )

学生の折,小生はある法則を見出しました.
それは著名な人々のエポックな展開が,ある年齢に集中していることです. 面白いもので,この人もこの人もと次々と
当てはまるものでした. そしてこの映画は,小生がその同じ年齢の時に公開されたものです… .

かといって,この映画が小生の人生にそれほど衝撃を与えたというほどでもありませんし,むしろ映画としてのパワーは
弱い部類と小生は感じています. しかし,ほどなく定期的に見てしまう理由はただひとつ.

大森嘉之さん演じる赤塚不二夫が,あまりにも素晴らしいからです.

映画全体がかなりマニアックなキャスティングですが,的を得ているとは感じず,また撮影等技術的にも得るものも
少なかったものの,本当に大森さんの腕一本だけで見てしまう… ,小生にとっても不思議な映画だなぁと感じております.

以前,ワハハ本舗のネタで「赤塚不二夫合唱団」という名作がありました.
クラシックの名曲を赤塚不二夫の名キャラでメロディを構成するという高度なこのネタは,本作品の大森さん演じる
赤塚先生を見た後に体験するとかなり感慨深いものです.

トキワ荘時代の赤塚先生はとにかく売れない.
石森,藤本,安孫子らがどんどん連載を増やしていくのに対して,その手伝いばかり.編集者からもシリアスなことを言われつつ,
それでもギャグにこだわり,ついに活路を見出す… . この作品はモノローグのように,各エピソードが断片的に連なっており,
それだけに各キャラクターに一貫した感情の時間軸が存在しないため,大変役者は芝居がし難かったと想像しています.
がしかし,そこを巧みにすり抜けて,大森さんはあるひとつの赤塚不二夫像に到達しています.

「 笑い 」を表現する人間とはどういうものか. どうして人が人を笑わすことができるのか.
大森さんはシナリオを底抜けの明るさやヒョウキンで決して演じず,隣人に対する嫉妬,未来への怖れ,焦り,不安というものに
耐える芝居を構築しています.

しかし,そのどれもが「 忍耐 」という重たさを感じないように演じていますね. これはとっても高度なことだと思います.
inputはスゴク暗く,outputはモノスゴク明るいというコントラストの高い二次元な解釈ではなく,inputの中にもoutputを
感じさせる明るい暗さというところでしょうか… うーん自分で書いてて何だかわからん.

当時は,とにかく久々に映画でいい芝居を見たと思いました.
特に,やっとの思いで連載が決まったシーンでタテのアングルを雨中,暗部を抜けて手前に歩いて来たところでふと立ち止まり,
天を静かに仰ぎつつ,「 やった…」とひとり呟く芝居は何回見ても感動してしまいます.

この人物が,あの「 だよーん 」を考えた人かという多重構造な人物解釈!
まさに秀逸です.

大森さんも,ご自身の中でいろいろとあったのではないでしょうか.
もちろん推測なのですが,この役の解釈,感情の流れが,ご自身の追体験になったと考えると妙に得心がいくところがあります.
小生はもちろん,彼が本作の何年か前に新人賞を獲った作品も見ていますが,勘はある方だとお見受けしますので,
あとはいい出会いさえあればと願わずにはいられません.
日本にはそうした役者さんが有名無名かかわらず,大勢いらっしゃいます.
そうした不遇を想えば,演出とは,演出家とは何かを再度問うべきでしょうね.

映画の中の人物たちは架空です. シナリオ通りに生きています. 生かすも何も,思い通りですね.
しかし,だからこそその人物に対して,誠実でなければならないと思います. 本作も実在の人物を描いていますから,
厳密にはその後の人生もわかっているわけですが,そこを狡猾に刷り込まないところがこの作品の気品なのでは.
こちら側の人間の自分勝手な思惑よりも,スクリーンの向こうの人物に想いを馳せて判断することが,ある品格を映画に
持たせることになるのでしょう.

今,様々なメディアで論じられる日本の行く末. そんな議論は,才能の議論と同じに感じます.
50年以上もかけて出ない答えが,この一両日で出るわけがありませんね. それよりも,小生にも家人がいますが,
その寝顔を見ると小生たちは急ぎ,品格を取り戻すことに力点を置くことが肝要と感じます.
品格とは何なのか.この議論には意味があるでしょう.
本作の大森さんの芝居にはそのひとつの答えがあるように思います.

どんな形でも今日この日に,品格を考えようという人が一人でも増えれば,それがこの国の行く末になるのではと考えます.

・バウムクウヘンの断層。
この映画の素敵な解説がされています.サイトもキレイ!

Comments

  1. バウム says:

    ブログを紹介してくださってありがとうございます。
    おっしゃるとおりこの作品は「映画としてのパワーは弱い」ですが、同時に「映画として残される価値のある作品」だとも思うんです。それがgaucheさんのおっしゃる「品格」かなあと、勝手に解釈したりしています。
    赤塚役の大塚さん、素敵でしたね。荘の住民たちが次第に忙しくなり、寺田氏の部屋から一人また一人と減っていく時の彼の様子を、見ていられなかったことを思い出しました。
    他にも色々と読ませていただきたい記事があるので、これからもお邪魔させていただきます。
    (プロフィールの絵はお子さんの作でしょうか?つぶらな瞳と一文字の口がいいなあ。)

  2. gauche says:

    > バウムさん
    お立ち寄り,ありがとうございます!

    >>「映画として残される価値のある作品」
    おっしゃる通りなのだろうと小生も思います.作るべき作品と残るべき作品ともう一つ,何だかわからないけど好き
    という3つなのかなと思いますね.

    >>プロフィールの絵は
    ご想像にお任せします….(笑)
    この絵に反応された方は初めてで,ちょっと恥ずかしくもあり,ちょっぴり嬉しいところです.(笑)
    今後ともよろしくお願いします!

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