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	<title>salon de 15屋 &#187; M・N・シャマラン</title>
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	<description>末永くどうぞ，ごひいきに …</description>
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		<title>15夜通信 / がんばれシャマラン !</title>
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		<pubDate>Mon, 16 Aug 2010 23:55:51 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[cinema]]></category>
		<category><![CDATA[M・N・シャマラン]]></category>
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		<description><![CDATA[Ｍ・ナイト・シャマラン監督 撮影 アンドリュー・レスニー / 音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード 原題 「THE LAST AIRBENDER 」 邦題 「エアベンダー」 2010.7.17 日本公開 アメリカ 103min カラー / シネスコ 東村山には映画館がないので，映画見に行くというと立川まで出ることが 多かったんだけど，ここのところ府中で見ている． たまたまなのかもしれないんだけど，行くといつも混んでるんだよね． 映画館が混んでると，何だか嬉しくなっちゃう！ 映画がアツイ !! (＾＾ これを15屋風情で見に行った後，TSUTAYA東村山で家人が「酔拳」をレンタルしたり， 駅ビルのジムの太極拳を調べたり，非常に小生にとって良好な風が吹き始めた！ (＾＾ 小生以外で肩身の狭かった15屋内での右脳映画復権への道が開けた ( と思う )． アツ過ぎる夏が，さらにアツくなる予感&#8230;． とにかく主役の動きの線が美しい！ この世界観によく出てくる4つのエレメント&#8230;． これを表現する動きとして，気=八卦掌，水=太極拳，土=洪家拳，火=北部少林寺拳法となっており，これだけでも 「拳児」 を熟読していた小生には十分． (＾＾ この種の動き，骨格の使い方の違いから特に西洋の人々には難しいとされるが，みんなガンバッテマス． また主役の子は，テコンドーの選手だからその辺りも加味されて，よくある 「なんだこりゃ」 という西洋人の勝手な カンフー解釈のようにはなってない． それにしても思わず唸るのは，これだけの規模の作品の主役という重責をきちんと果たしていること． 芝居の力量や経験，そのほか体の大きさなどと 「主役を担う」 ということは比例しないと思う． テコンドー経験者だからというのも違うし&#8230;，むしろ無関係． (＾＾； 文字通り 「主」 として作品を引っ張る主役には，その圧倒的な存在感が必要だし，無数の観客の視線に耐えられる 特別なセンスが要求されると思う． 顔が良ければ，声が良ければ，演技が良ければ，とは別のスキル． 黒澤明監督が，俳優 三船敏郎を見つけた時には，嬉しくてしかたなかったに違いない． 主役ってそれだけ特別なんだと思いますよ． (＾＾ その意味で，プロデューサーの肩書きも併せ持つシャマラン監督は，この男の子との出会いに感激したと思う． 全てのシャマラン作品に共通する大テーマと，必ず子どもがキーになる点を踏襲してるところからもこの 「エアベンダー」 は 間違いなくシャマラン監督の映画なのですが，今までの作品と違い，絵が必ずしも氏らしくない&#8230;． 戦いのシーンが多いので，カメラの手持ちや動きに付けた早いPANが多いが，今回もいつも通りフィルム撮影しているにも 関わらず，CMOSキャメラで撮影したような，PAN時の生理的に嫌な歪みが感じられたりする． またどの映画にも登場する氏独特の真フカンの絵のサイズが中途半端で，さらにここはズームバックも併用かというところも FIXで処理されている気がする． らしくない！ きちんと計算されたカメラワークと流麗な繋ぎが身上なのに&#8230;． ともすれば，いろいろな日本のコミックやアニメーションへのオマージュを安易な流用っぽく感じる人がいたり， またどこかで見たことのある映画だったりするのはこのあたりが原因なのでは． しかし，これはよくよく考えて得心に至ったところがあります． 前者は，監督，撮影部，ILM という三者のコンビネーションの問題だと思う． 小生が言うのも僭越ですが， 日本の3Dの制作現場でも今よく起こっている問題で，3Dあるいは合成を伴うものにはパース作りに独特のノウハウが必要． 後者は，おそらくレンダリングの規模を考えた，他のシーンとの予算や時間とのバランスからではないかなと思う． 巨大なオープンセットと芸ありきの役者陣によって絶対的な実写力で挑む今までの監督のスタイルとは違い，合成の妙を 計算しなくてはいけない別のスキルが常に要求されたものからと想像するが，これも次回，次々回という３部作中に 反芻，会得していってしまうものだと勝手に信じていたりする． (＾＾ だって，前のシャマラン監督に記事 でも書きましたが，この監督は慧眼ですから！ 毎回，作品の世界観に合う撮影部と組み，音楽はずっと組んでいる絶対の信頼感のある者に任す． 顔や声，動きなどの政治的駆け引きのないところで選ばれた役者たちとがっぷりと組んで，芝居を構築する． その揺るぐことないスタンスは今回も健在ですもの． どこかまだまだなシャマラン監督とピーター・ジャクソン組の撮影部アンドリュー・レスニーのコンビネーションを， ジェームズ・ニュートン・ハワードの素晴らしい音楽と主役のアン演じるノア・リンガー君の流麗で息を呑む殺陣が 絶妙にカバーします． この辺りの演出のさじ加減も，シャマラン監督さすが！ そして例によってまた，アメリカ国内では余り評価されていない模様&#8230;． ホラーやサスペンス等の手法を借りて，大いなるものと人間の業との対比をさらりと表しつつ， 恋愛，信頼，親子 という古典的で，絶対的なものを丁寧に描く繊細な世界観を持つ映画監督． 日本人の感覚からは，本来とてもアプローチしやすい作品群だと思う． 「レディ・イン・ザ・ウォーター」 で子どもに寝床で聞かせるお話を映画にしてしまったのに続いて， 子どもが夢中になっていたコミックアニメを映画化してしまったお父さんシャマラン監督． 子どもたちと約束までしたかは定かではありませんが，あと２作，撮れるといいなと心底思う． IMDb の評価なんか気にするな！ d (-_^ レイヴェン に続く応援企画． がんばれ，お父さん！]]></description>
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		<title>15夜通信 / The Future is Now</title>
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		<pubDate>Thu, 14 Sep 2006 23:31:29 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[cinema]]></category>
		<category><![CDATA[M・N・シャマラン]]></category>
		<category><![CDATA[ピーター・ギャラガー]]></category>
		<category><![CDATA[ロジャー・ディーキンス]]></category>
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		<description><![CDATA[ロジャー・ディーキンス 撮影 / ティム・ロビンス 主演 原題 「THE HUDSUCKER PROXY」 邦題 「未来は今」 1995.1 日本公開 アメリカ / 111min カラー / Aビスタ 1994年という年… ． 小生はほぼ1年を無職で過ごし，両親を始め，友人たちにもいろいろと気遣ってもらった1年でした． この年に見た「 ショーシャンクの空に 」とカンヌに招待された本作品は，そういう意味で一生忘れない作品になるでしょう． この2つの作品に共通することが制作年以外に3つあります． 1つは撮影をロジャー・ディーキンスが担当していること． 2つ目は主演がティム・ロビンスであること． そして3つ目が… ，おわかりですね？ 皆さんは撮影ということを気にして，映画を見ている方は少ないと思いますが，無意識にその可否を判断してらっしゃるものです． その昔，大映の撮影部の宮川一夫さんの撮った市川監督作品「炎上」や黒澤監督作品「用心棒」を見ると何かが違いますね． 少し新しめで言えば，鈴木達夫さんという撮影部の黒木監督作品「とべない沈黙」や「祭りの準備」を見てみましょう． 今平とよく組んだ栃沢正夫さんもやはり艶のある映画の画角と色を感じますね． ここ最近でいいなと思うのは，ベテランの 田村正毅さんとややその域に入ってきた上野彰吾さんでしょう． そして，この作品のロジャー・ディーキンスという人の撮影を皆さんはどうお感じになりますか？ コーエン作品の撮影の難しさは言うまでもありませんが，今の時代に珍しく，「作りこむ絵作り」を真正面から取り組んでいますね． 「ファーゴ」の冒頭で，タテ目にFIXでキャメラを据え，吹雪の中を2つの光の点が段々と大きくなって，それが車のヘッドランプだと わかり，車のボディがやっと見えてきて，車が大きく下手にフレームアウトしてタイトル…，なんて考えてもなかなかできません． また本作は，監督の狙いでキャメラの動きや技術を露出していますし，足もとを風でカサカサっと過ぎ去る新聞なんてことも やってます．(羨マシイ…) とかくこういう場合，ただのマニアックな世界観になってしまうのことが多いのですが，そこがこのロジャー・ディーキンスという人が 撮るとそこまで傾かないんです！ それはコーエンの作品ではなく，「ショーシャンクの空に」を見て気づきました． なるほど，あの人の情感のあるルックが，カルトな演出のコーエン作品に適度な湿り気を与えているのか… 比較的コントラストの高いライティングも小生好み！ 他にどんな作品を撮っているかと言えば，「シド・アンド・ナンシー」(86)はわりと初期． コーエン多数． 「秘密の花園」(93)も そうだった… ，周知の児童文学をコッポラが指揮したこの作品は隠れた名作． 本作の主演ティム・ロビンスが監督した「デッドマン・ウォーキング」や シャマラン監督と 「ヴィレッジ」もやってますね． あれっ？ こうして作品を並べてみて，改めて思いました． 小生の勘もまんざらではないかも… ．つまりこれは3つめの共通点にあげようとしたことと同じなのですが，彼の撮っている 代表的なものは全て「希望」を描こうとしています． これは推測の域なのですが，ロジャー・ディーキンスという人はファインダー越しに「希望」を見出すことを 意識的にやっているのでは感じます． なぜそう思うかというと，うまく説明しづらいのですが，絵が優しい感じがするのです． 光の感じが柔らかかったり，横移動やPANがしなやかだったりというところも含めて，作品や人物に寄り添う感じがするんだよなぁ． 小生の映画撮影の理想はピーピング・トム… 出歯亀です． ある人生を覗かせてもらっているというスタンスで撮影設計します． 悪事には広角で攻めて，幸せには長玉で遠くから狙い，その時間を邪魔したくないという考え方ですね． その辺りが，彼の撮影はしっくり来ます． 反対に，最近の邦画の絵は寄りすぎと中途半端なヒキばかりの，撮影部の根拠のない感覚攻めが多く，架空とはいえ， その人物に対する敬意や優しさがほとんど感じられませんね． これは難しい技術論としてでなくても，おそらくは皆さんもそこはかとなく感じているのではないでしょうか… ． この出歯亀ルックを思ったのも，これはそのまま1年に及ぶ浪人生活時の小生のまわりのスタンスでした． 両親を含めて，この距離感にどれだけ温かいものを感じたか，計り知れません． また，本作のセリフで出てきて， 邦題にもなっている「未来は今」という言葉． これは，岡本太郎氏の著作にも「今無いことは未来にも無い」と書かれていますね． よく言われることですが，つまり未来なんて いうのは先のことではなく，そんなものはとっくに始まっているのだということです． 今の連続が未来ならば，まずやれることを 早くやれという白洲次郎氏の 「PLAY FAST！」 にもつながる気がします． その時に出会わなかったら，見ていなかったかもしれない作品やこれほど愛着を感じなかったのではという作品ってありますよね． ましてや励まされた映画となれば，なおさら… くされ縁ですな． 希望を安易にかざせない時代になってしまいましたから，お涙頂戴のための見せかけの希望はもう醜悪に尽きます． しかし，観客を楽しませよう，喜んでもらいたい，そしてひとりひとりが自分の人生にきちんと笑顔で向き合えるようにと， 苦心した映画はこれからもあってもらいたいです． 「未来は今」が如何にカルトな演出でも，ジェニファー・ジェイソン・リーが如何に強面でも，ポール・ニューマンが如何に酷いキャラを 与えられても，ピーター・ギャラガーの歌声が如何に甘くても，チャールズ・ダーニングの天使に如何に無理があっても， スティーヴ・ブシェミが相当チョイ役で出ているとしても，そしてティム・ロビンスの「ゴー！ イーグル !!」の顔が涙が出るほど よかったとしても… ，つまり，これが翌年に日本公開された1月，小生の再就職が決まったこととつなげて考える人は 誰もいないでしょう… 小生以外は． ・愛すべき映画たち ・おすすめ映画 ～名作、感動、涙～ どちらも本作の撮影主演コンビの「 ショーシャンクの空に 」をアツク紹介しています！ 随分と本作とは違う趣きの映画です．]]></description>
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		<title>トラの賭け．</title>
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		<pubDate>Tue, 25 Jul 2006 22:27:29 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[thoughts]]></category>
		<category><![CDATA[M・N・シャマラン]]></category>
		<category><![CDATA[ネコ]]></category>

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		<description><![CDATA[15屋ネコmap S#02 トラ 先日，小生の住処「15屋」のまわりにおけるネコ社会について，ちょいと触れましたね． 何でだか，ネコが多いです… ．昔，藤原新也さんの本にネコの多い場所は人間も住みやすく， またその逆も成立する云々と読んだ記憶がありますが，その通りで，ここは大変住みやすいと小生も感じているところ． その小生の庵のそばには小さな川が流れていて，そこは日ごと多くのカモが休憩所としております． ( なぜか最近数も増えている… ) そして上写真をご覧ください． 車の下におりますでしょう． 川のそばにある家の方が，先のカモや小鳥にパンくずを毎日あげているんです．そこで飼われているのか， それとも棲みついたのかはわからんのですが，時折ここで見かけるネコが「トラ」です． もちろん勝手な命名… ． この絵はどうみても待ち伏せですよね?! 虎視眈々ならぬ猫目耽々． 普段はその家の門の上で寝ていることが多いのですが，今日は初めてこのように露骨なアングルでした． もちろんトラはここでご飯をもらっているのでしょう． つまり家人はネコと鳥の両方に食を確保しているわけで， これがいわゆる安全協定になっていると思われます． 門の上で寝ている時も，カモが下でパンを啄ばんでいても，特に襲う気配はありません． しかし，カモの方は警戒しながらというのが伝わってきます． これは，トラがいない時との比較で小生が見てもわかりますね． トラ在家の時はいつでも飛び立てる感じがします． もともとの野生の掟なのか，それとも小生にはわからない微妙な気配を察知してかはわかりませんが… ． ここで問題になってくるが，ネコがどこまで理性が働くのかということです． M・ナイト・シャマラン監督が脚本を書いた「スチュアート・リトル」(&#8217;99) を見る限り，ネコは非常に理性的． 野良とペットで，その気性に違いはありますけどおよそ律儀ですね． 何でも分析するアメリカですから，ネコの行動学も制作には取り入れていそうですもの． しかし，小生はネコの動きを見ていてハッとする時があります．骨格の使い方がライオンといっしょ… ． というか，彼らが分類ではネコ科だったはずです！ なりは小さきものですが，その体の線の使い方には 目を奪われるほどの美しさを感じる時があります． それはおそらくそうした野生の血をどこかで漂わせるからではないでしょうか． 人間というのは理不尽なもので，セーフティゾーンにあるものには魅力を覚えませんから． とすると，トラもいつかはその野生の血を解放する時が来るかもしれません． 可能性としてゼロではないところに，このトラの姿の存在感があるのでしょう． 「あらしのよるに」みたいになってきました． 仮に襲ったとしてもカモもそう簡単にはやられませんよ，きっと． サバンナではないこの東村山で，そういう生命の営みがすぐ傍らにあるということを知り， 堕落している場合じゃないよと自分を戒めたりする今日この頃． ・だから東京が好き！ 街のねこたち このサイトは凄いです！とにかく見てみてください．]]></description>
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		<title>15夜通信 / ヒッチの血統書</title>
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		<pubDate>Tue, 04 Jul 2006 00:07:29 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[ロジャー・ディーキンス]]></category>

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		<description><![CDATA[M・ナイト・シャマラン監督 新作 原題「LADY IN THE WATER」 邦題「レディ・イン・ザ・ウォーター」 2006 秋 日本公開 / 総尺未定 この監督の映画ほど，極端に賛否分かれるのは珍しい． 見る人によって全く感想が全然違う！ 前評判で見に行くかを決めようとすると余計に迷ってしまいそう． これは見る側のセンスに対する依存度が高いことを証明しています． つまり，委ねる部分が非常に広く，またそれを意識していると小生は感じます． 非常に柔らな風貌をお持ちの監督ですが，作りに関してはかなりのストロングスタイル！ それは作品による撮影部の違いでもわかります． 多くの監督は現場の意思疎通簡略化のため，気心の知れた撮影部と組みたがるもの． 監督のルックの好みを理解してもらえる人との現場は楽しい． それに，とにかく楽！ シカーシ，彼は違います． 作品の世界観により撮影部を変えてきているように推察します． 「シックス・センス」や「サイン」は東洋的なものの考えをタク・フジモト． 「ヴィレッジ」のようなラブストーリーには情感のロジャー・ディーキンス． そして本新作はクリストファー・ドイルと…． ここに監督の映画制作に対する哲学があるかな！ 全てを自分の想いでコントロールするのではなく，映画自身が行きたい方角へ後押しできる万全な体制を整え， 自分は映画の奴隷としてあくまで門番，いや作品の世界観の守護神として君臨すること…． そのように考えているのではと推察します． そして，この考えに小生はヒジョーニ共感するのです． かつてで言えば，キューブリックやヒッチコックがこの手合いの代表だと思いますが，シャマラン監督の場合， 手法がホラー・サスペンスを選択しているから，やはりヒッチコックの後継に位置するでしょう． だから勘違いしてしまうのでは…，勘違いというのは，日本の配給が流す宣伝のことです!! シャマラン監督がヒッチコックの血筋であることは間違いないでしょうが，それはあくまで手法の話であって， 作品の描く世界観は全く違います． 彼の作品は，サスペンスの衣を着ていますが，中身は非常に思想的でロマンチックで，家族や人に対する眼差しが熱く， あくまで艶のある人生を描いているのです． そういう意味で演出というものに力点を置いていますから， おそらく役者はやりがいを感じるだろうし，力量も要求されます． 広告する側から言えば，サスペンス・タッチで観客を呼ぶ方が動員できるという計算があるかもしれません． けれどそれにより生じた観客の誤解も相当あるはず． 事実，ネットで見ることのできる彼の作品の感想で， 否定的なものの多くはそこが原因のようですね． 求む側と作る側のギャップを生む広告だもの． シカーシ，それもシャマラン監督にとってはよしとしている気がするな． 何故なら彼の選択が，あくまでホラー・サスペンスというエンターテイメント性の高い手法だから． とにかく多くの人に見てもらいたい…，デートで見にきて欲しい…，映画は人が見ることにより完成する…， この若さで恐ろしい成熟度． 嗚呼，愛情を持ってこう叫びたい． コノクエナイヤツメ！ コンドモタノシミダゾ !!]]></description>
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